演劇

「劇団ギンギラ太陽's」

おなじみの建物が喋り出す元気が出るドラマ

街に愛情を注ぎながら創り上げる、“人が出てこない人情ドラマ”劇団ギンギラ太陽’s。
演劇を通して人々に街の知識や魅力を伝えるプロジェクト。斬新でインパクトのある風貌で大阪の街を表現。

大阪市役所
大塚ムネト(おおつかむねと)
1965年福岡県小郡市生まれ。ギンギラ太陽’ s 主宰。
作・演出・かぶりモノ造型・出演の全てを手がける。作品は地元福岡を題材とし、擬人化されたビルや乗り物が「かぶりモノ」というスタイルで登場するのが特徴。
(「生きた建築ミュージアムフェスティバル大阪 2016 ギンギラ太陽’sによる立体プレスリリースのご案内」より一部抜粋( 2016年11月))
伏見ビル
大阪ガスビル
御堂ビル(竹中工務店)
生駒ビル
大阪髙島屋
梅田吸気塔
日本生命保険相互会社本店
本町ガーデンシティ


澤田コメント
「おなじみの建物が喋り出す元気が出るドラマが登場」
「建物」や「乗り物」を始めとした「モノ」を擬人化し、役者が「かぶりモノ」を着け、物語を展開する福岡の劇団ギンギラ太陽'sが大阪の建物のオリジナルな物語を制作。
街に愛情を注ぎながら創り上げる、“人が出てこない人情ドラマ”がギンギラ太陽'sの特徴。主宰の大塚ムネトさんが入念に取材し、資料を集め、史実に忠実に制作することで、街の人でも知っていそうで知らない、涙あり笑いありのオリジナルドラマに仕上がるのです。
2009年に福岡で初めて観劇した瞬間、福岡の人や街やビルが羨ましくなり大阪で上演できないかと思ったのがきっかけです。それから劇団のプロデューサーの石川さんや大塚さんにお会いし、親交を深め、何度も大阪の建物をドラマにと依頼してきました。2015年には、イケフェス関係者も加わり大阪視察団が福岡で観劇した甲斐もあり、8年越しの2017年に念願の大阪の物語が登場予定。大塚さんは何度も大阪を訪れ取材をしています。今年はそれに先駆け、幾つかの建物のキャラクターを使い、建物やイケフェスの紹介をする予定です。髙岡伸一先生もお墨付きの建物の「かぶりモノ」のクオリティも必見です。
(「生きた建築ミュージアムフェスティバル大阪 2016 ギンギラ太陽’sによる立体プレスリリースのご案内」より抜粋(2016年11月))



「生きた建築ミュージアムフェスティバル大阪 2016 立体プレスリリース公演 」

2016年11月4日 (金) 18:30〜

会場
:
本町ガーデンシティ 1Fエントランスホール(大阪市中央区本町3-6-4)
内容
:
建物を擬人化して人の登場しない人情ドラマを繰り広げる大塚ムネト氏率いるギンギラ太陽‘sが「生きた建築ミュージアムフェスティバル大阪 2016 」の紹介を行なう。2017年の本公演に向けたプレイベントでもある。お馴染みの建築が語りだす。


御堂筋完成80周年 「御堂筋バースデーイベント」

2017年5月11日 (木) 17:00〜

会場
:
大阪市役所正面玄関前 (大阪市北区中之島1-3-20)
内容
:
御堂筋完成80周年を「御堂筋バースデー」と題して地元や地域団体等の関係者とともにお祝い。
主催
:
御堂筋完成80周年記念事業推進委員会
協力
:
船場倶楽部/北船場くらぶ/船場げんきの会/(一社)関西ミュージックリンク協会/セント レジス ホテル 大阪 ほか
主なプログラム
:
劇団「ギンギラ太陽’ s 」による御堂筋80周年オリジナルパフォーマンスなど


「北船場茶論 AUTUMN 御堂筋完成 80 周年記念企画 おめでとう80周年御堂筋モノ語り」

2017年9月22日 (金) 18:30〜 / 9月23日 (土) 13:30〜

CAST
:
大塚ムネト 宗真樹子 劇団きらら 上田裕子 福澤究 大城真和 (Aプロ) / 松尾佳苗 杉山英美 全7名
会場
:
大阪ガスビル3階ホール(大阪市中央区平野町4-1-2 ガスビル南館)
内容
:
北船場の活性化を目指し、北船場くらぶを中心とした運営で毎年開催を続け、「旧くからある新しい大阪 北船場の魅力を再発見する」をテーマに今春6回目の開催を迎えた北船場茶論。 2017年は御堂筋完成80周年を記念し、初めて春と秋の年2回の開催を企画。御堂筋に実在する建築物キャラクター達との写真撮影大会、劇団ギンギラ太陽‘s による御堂筋の物語、そして橋爪紳也教授と劇団ギンギラ太陽 ’s 主宰大塚ムネト氏とによるトークショー。


「北船場茶論 AUTUMN 芝川ビル 90 周年記念 ギンギラ太陽's特別公演 芝川ビル物語」

2017年10月21日 (土) 10:30〜 / 15:00〜 / 16:30〜

会場
:
芝川ビル(大阪府大阪市中央区伏見町3-3-3)
内容
:
1927年、昭和2年に誕生した芝川ビル。今年で90周年を迎える芝川ビルの各階には、当時をモノ語る「本物」がある。この90年の歴史を見つめてきたモノ達をキャラ化し、観客達と一緒にビル内を巡りながら、芝川ビルの歩みを「体感」してもらう、劇団「ギンギラ太陽’s 」特別公演。


「~京阪電車中之島線開業10周年、大阪市中央公会堂開館100周年記念~ 第42回 京阪・文化フォーラム 花と建築 建築と華「ギンギラ太陽'sミニ公演」

2018年10月27日 (土) 18:50〜19:10

会場
:
中央公会堂3F中集会室(大阪市北区中之島 1-1-27)


「歩くギンギラ太陽's生きた建築ミュージアムフェスティバル大阪街中歩き」

2018年10月28日 (日)

内容
:
「生きた建築ミュージアムフェスティバル大阪 2018 」開催中に、ギンギラ太陽'sが実際の建物を訪れ、歩くイベント。被り物の建物と本物の建物のコラボレーション。


生きた建築ミュージアム大阪2018 クロージングシンポジウム「ギンギラ太陽'sミニ公演 」

2018年10月28日 (日) 16:30〜19:00

会場
:
中央公会堂1F大集会室(大阪市北区中之島1-1-27)
内容
:
中央公会堂開館100周年を記念して、大集会室を会場に開催。 2002年の保存再生工事の記録映画を上映後、恒例となりつつあるギンギラ太陽's による公会堂物語をミニ公演で上演。役者が 「かぶりモノ」を着用し、「建物」や 「乗り物」を始めとした 「モノ」を擬人化することで物語を綴る、福岡市のユニークな劇団。劇団を主宰する大塚ムネトによる、徹底した地元取材によって描かれた脚本は、笑いとともに、史実に基づく描写が客席に感動をもたらす。(生きた建築ミュージアムフェスティバル大阪2018 プログラムより)

TVドラマ

ケイオスを舞台につくられたTVドラマ

「なんこめ満腹物語」


大阪・なんばに開業した飲食店街「なんばこめじるし」を舞台にした新しくオープンする飲食店街「なんばこめじるし」のPRを込めた新ジャンルのドラマ。
作り手の想いやコンセプトを盛り込んだ内容のトータルプロデュースを手掛ける。
澤田コメント
小山薫堂さんから「ドラマだね」と言われたのがキッカケです。南海電鉄の高架下プロジェクトで、大阪府南部の飲食店413軒試食して歩いた話を、ユナイテッドアローズの重松さんのヨットの上で小山さんにしたところ、本当にTVドラマになりました。私の役にベテラン俳優の升 毅さんが演じておられます。このTVドラマの制作発表をなんばパークスのシネマで行なった時に、小山さんが「映画の発表会みたい。次はカンヌ映画祭ですね。」と語られたのが印象的です。その後、「おくりびと」で小山さんはアカデミー賞外国語映画賞をとられました。有言実行だと今も思っています。





放送日2007年6月29日(金)放送
キャスト
:
金子貴俊、紺野まひる、西岡徳馬、矢沢心、升毅、佐々木すみ江、木下ほうか、ムロツヨシ、たむらけんじ、田村ツトム(田村勤)、嶋本勝博、大橋てつじ、オーケイ・小島(小島弘章)、南山千恵美、チョップリン・西野、TKO ・木下、門上武司、百武洋一、水野仁輔、金馬由佳、安田公寛
内容
:
人気放送作家・小山薫堂氏がドラマで描くのは、大阪・なんばを舞台に「食」にこだわる人々の熱い姿。ただの青春ドラマではなく、リアルとドラマが交錯する新しいスタイル。目で楽しめ、舌でも味わえるドラマ、それが『なんこめ満腹物語 』。
あらすじ
:
主人公のフードライターが、ひょんなことから女性店舗プロデューサーとともに、大阪なんばに新しくできるフードエリア「なんばこめじるし」の店鋪プロデュースに奔走。自ら、「たこやきらぼ」という名の店を出店しようと、熊本県天草市に飛び、奮闘する姿を描く。ドラマの舞台である「なんばこめじるし」は、6月27日になんば CITY に現実オープンする。主人公がプロデュースする店「たこやきらぼ」も開店し、劇中で味を追求したのと同じような情熱のもとに作られた、美味しいたこやきが食べられる。その他、天草市の市長や雑誌の編集長など、実在する人物がそのまま出演したりと、様々な仕掛けを施した新しいスタイルのドラマである。


□ □ □ □ □ 「なんばこめじるし」PR計画 □ □ □ □ □

「なんばこめじるし」という大阪のフードゾーンに「たこやきらぼ」という店があり、僕はこの店のオーナーを務めています。
きっかけは、ケイオスという僕の友だちの会社から、南海電鉄の難波駅の一角に新しく十二店舗の飲食ゾーンをつくるから、それに名前をつけてほしいと頼まれたことから始まりました。経営は南海都市創造で、ケイオスはその総合プロデュースを担当していました。新しいフードエリアといっても、よくあるチェーン店ばかりが入るようなものではありません。スタッフが何百店も食べ歩いて、本当にうまい、父ちゃん母ちゃんでやっているような店を選んで、二年くらいかけて口説き、中にはもとの店を閉めてそこに入ったような人もいて、やっと一二店舗入るところまで決まっていました。
フードエリアの名前は実際に、そこが昔、米蔵のあとだったので、「なんばこめじるし」という名前にしました。米印(※)は、大切なものにつける印という意味もあります。なんばこめじるし、略して「なんこめ」。
いよいよこの空間を外に発信することになり、そのための予算も決まりました。一二店舗のフードゾーンのためのPRフィーとして提示された額は、決して少ない額ではありませんでした。ただ、ポスターをつくったり、雑誌広告を打ったり、電車の中吊り広告を出したり、チラシを配ったりと、ふつうのPRをして使いきってしまったのでは面白くありません。 そこでちょうど電通関西支社で、いつか僕と一緒に番組をやりたいと言っている人がいたから、その人に「いいアイデアがあるんですが」ともちかけたのです。 「実は今度こういうフードゾーンができるんですけど、そこを舞台にしたドラマをつくりませんか?」と提案したら、すぐに乗ってくれました。 ドラマのストーリーは、このフードゾーンの中に入るはずだった一店舗がドタキャンになって、急きょ別の店を入れなきゃいけなくなった。それに奔走する担当者の汗と涙の物語に恋愛話もからむ、という内容に決まりました。
ドラマのスポンサーにはNTTドコモと大阪ガスがついてくれました。それが一時間のテレビ番組、『なんこめ満腹物語』(朝日放送)というタイトルのドラマです。新しくできるフードゾーンそのものを舞台にしたドラマだから、プロダクトプレイスメント(テレビ番組や映画のなかで、企業の商品を登場させる広告の手法)としてフードゾーンが紹介できる。南海にとっては願ってもない企画です。テレビの枠を直接購入するのではなく、番組スポンサーとの新しい形のコラボレーションによって、絶大で効果的なPRができる仕組みです。 さらに、その番組のためのストーリーがせっかくあるのなら、「なんばこめじるし」の中にドラマの中で主人公が奔走した末に完成する店が、本当に入っていたら面白いじゃないかと考えました。そこで、そのドラマのためのスペースを一区画提供 してほしいとお願いし、すでに決まっていた一二店舗のうち一店舗を、PR用のスペースとして使わせてもらいました。そして五坪ぐらいの小さな敷地に、ドラマのスタートに合わせて本物のたこ焼き屋をつくったのです。 なんばこめじるしは二〇〇七年六月二七日オープン、ドラマ『なんこめ満腹物語』は六月二九日の深夜の放送でした。 じゃあ、そのたこ焼き屋は誰が経営するかということになり、当初PR予算のうちの半分を開業資金に投じて、新規開店しました。どういうたこ焼きにするかとか、どういうメニューにするかなどは僕らが決めました。 実際にいまも大阪の業者の方にマネジメントを委託して営業しています。それが「たこやきらぼ」というお店です。 らぼはラボラトリー(研究所)の略で、僕は以前にも東京タワーの中に「東京カレーラボ」という店をつくったことがあったので、ラボシリーズとして名付けました。たこ焼きにしたのは、その狭い店でやっていくには何がいいかと考えた結果です。 一〇人も入れば、満員になってしまう小さな店なので、立ち飲みがいい。つまみにはたこ焼きがぴったりです。
もう一つ理由をいえば、僕の出身地の熊本県天草はタコが有名なので、天草のタコのPRもしてあげたかったのです。ストーリーの中では主人公がたこ焼き屋をつくるにあたり、タコといえばやはり明石だということで、明石を訪れます。実は明石のタコは、昭和三七年の赤潮で全部絶滅してしまっています。そのあと天草のタコの稚魚を放し、それが増えていまの明石のタコになっているという説があるのです。だから実はもともとは天草のタコなのです、というような話にして、故郷の天草のPRも盛り込んでしまいました。とはいえこれも頼まれたわけではなく、ただの僕のおせっかいです。
宣伝材料として、「皿にこめた人生」という文庫本風の冊子をつくり、それぞれのお店の店主の人生と重ね合わせたフードストーリーを紹介しました。ドラマの試写会を大々的に開き、いろいろな情報番組や新聞や雑誌に取り上げてもらいました。 その結果、ドラマのほうも二四時二四分からという深夜の時間帯にしては破格の八・一%の高視聴率をとることができました。

伝えるためだけにお金を使うのはもったいない
僕にはどうしても、伝えるためだけにお金を使うのはもったいないと思ってしまうところがあります。お金をかけなくても、みんながあっと驚くような面白いことをやったら、それだけで人は自然に集まるものです。
PRというと、どうしても「どう伝えるか」ということにお金を使いがちですが、僕の場合は、お金を落として、そこに生まれた面白いものをみんなが見に来るようにする仕掛けをつくる、という発想をします。
いまある予算でどれだけ広告を打てるかというのは単なる足し算引き算の世界。真ん中に落としたら、掛け算みたいに相乗効果でいろいろなものが絡まって広がっていく、というイメージです。
なんばこめじるしのプロジェクトには、たくさんの人たちが関わっていますが、誰かが誰かを一方的に利用するという関係ではなく、みんながお互いを利用し合う関係をつくることができたと思っています。ハシゴのように上がっていく関係をラダリングといいますが、お互いを高め合うこんな関係もラダリングといえるのではないでしょうか。
よく僕は、「男と女の関係はラダリングがいい」と言います。夫婦もお互いに高め合うのが一番理想的です。だからビジネスでもそういうパートナーを見つけてくるのが、一番いいというのが僕の実感です。

「もったいない主義 不景気だからアイデアが湧いてくる!」小山薫堂著(幻冬舎新書)から抜粋


□ □ □ □ □ ゾロ雑記 2007年 ブリオ 7月号より抜粋 □ □ □ □ □

ゾロ雑記 文:小山薫堂

偶然と偶然が連鎖して必然になる。ユナイテッドアローズの重松さんと偶然このゾロ会で会って携帯電話の番号を交換したのがおよそ1年前。それから葉山で開かれたジャパンの会に呼ばれ、ヨットの上で澤田充さんという空間プロデューサーと知り合いになった。
今、その澤田さんと一緒に大阪のフードコートをプロデュースしている。思えば、1年前に重松さんがゾロにいなければ、絶対にあり得なかった仕事だ。
南海電鉄の難波駅近くの高架下を利用した施設なのだが、ここが実に面白い。通常なら有名レストランをどれだけ集められるか、という方向に進みがちだが、澤田さんはあえて真逆を狙った。無名でもいいから本当にうまい店を発掘しよう!
......そんな志のもと、まず噂やネット情報をもとに「無名のうまそうな店」をリストアップすることから始めた。調べてみれば、その数何と413軒。澤田さんとスタッフはおよそ1年を費やして全ての店を食べ歩いた。413軒の中で、自分たちが本当に気に入った店はわずか二十数軒。その店主たちに出店交渉を行い、何度も断られながらそれでも諦めず、結果として11軒がこのフードコートに入ることになったのである。
それぞれの店が何かしらのドラマを背負っている。そのドラマこそが、最良の隠し味だ。オープンは6月末なので、今年の夏にはそれなりに話題になっていることだろう。

MOVIE

「SIKIRO NEW YORK」

ニューヨークを拠点に独自の色彩感覚でフラワーデザインを展開する KENJI TAKENAKA 。
東京銀座にある東急プラザ銀座の3Fに「 SIKIRO NEW YORK(シキロ ニューヨーク)」 として日本初上陸し 、開業 。
澤田コメント
NYで活躍しているフラワーデザイナーのKENJI TAKENAKA氏。彼の活躍の様子をプロジェクトに関わったプロの人達のインタビューを通してプロモーション映像化しました。彼の家家の方々にNY生活をプレゼンする目的も一方であり、多方面の取材でハードすぎるNYロケも思い出です。


日本初上陸の「SIKIRO NEW YORK」(東京・銀座)を総合プロデュース。
KENJI TAKENAKA のフラワーデザイナーになったきっかけや、花に対する人々への想いなどがつまっている約6分のムービーなどを制作。「Power of Color( 花の持つ力)」をコンセプトに、 KENJI TAKENAKA の経歴や、関連した人々のインタビューなども見れる。アメリカNY の「Carlton House」ではシニアセールスエクサイティブの Jane Klaris 氏より KENJI のデザイン力に対するコメントや、「One River Side Park」ではノワールハンナ インターナショナル クリエイティブディレクターの Richard Myer 氏からのコメントなども流れ、KENJI の実力が伺える。また日本の東急プラザ銀座のショップデザインを手がけた森田恭通氏も「日本にニューヨークの最先端を持ってくる“オリジナリティの発揮”を期待している」とコメントも掲載。
最後に多方向から評価を受ける KENJI の花を通じて人々に感じてほしい想いなどが素直に述べられ、 SHIKIRO NEW YORK の概要が集約されたムービーである。
また、KENJI の NY での活躍と、KENJI の兄である「竹中庭園緑化」の代表取締役社長のインタビューを入れた約10分のムービーも作成し、プレゼントした。
その動画は、父である「竹中庭園緑化」の会長、母、そして社員に向け、社内で放映。